青銅のマスク事件あるいはモロ・ド・ヴィンテム事件(2)

 前回に引き続き、ジャック・ヴァレの『コンフロンテーション』のプロローグを。


 電話をかけてきた情報提供者の中に、グラシンダ・バルボサ・コウティニョ・ダ・ソウサという社会夫人(訳注:慈善寄付の受付・管理をする女性。ちなみにコウティニョ・ダ・ソウサは「ソウサの女伯爵」の意味にも読めるが、そのままにした)がいた。彼女は水曜日の夜、7歳になる娘のデニスを連れて、フンセカからアラメダ・サン・ボアヴェントーラ道路へと車を走らせていた、とベッテンコート刑事に語った。その時、デニスが彼女にモロ・ド・ヴィンテム丘の上の空を見るように言った。そこにグラシンダが見たものは、オレンジ色の、周囲を炎で縁取られた、“全方位に光を放っている”卵形の物体で、丘の上に滞空していた。彼女が車を止めて注意深く観察したところ、物体は3〜4分の間、垂直に上昇や下降を繰り返し、よく見える“青い光”を放っていた。グラシンダは帰宅した後、リオの証券取引所に勤務する夫に、この目撃について語った。夫はそれを聴いて車を出してみたが、変わったことは何一つ見つけられなかった。


 青い光を放つ、オレンジ色の卵形の物体をモロ・ド・ヴィンテム丘の上空に目撃したが、UFO事件と結び付けられて嘲笑されるのではないかとの恐れからすぐには報告しなかったと語る多数の電話が個別に、リオ市警に寄せられたので、すぐにグラシンダの話は嘘ではないと確証がとれた。物体は、死亡推定時刻ごろに被害者たちの近くにいたようだった。ここから、探索者たちは一見無関係と思われるような現場の細部の状況に注意を向けるようになった。


 例えば、銅のマスクの問題である。犯人は、被害者の目を何らかの放射線から保護しようとでもしたのだろうか? 警察はミゲル・ホセ・ヴィアナの自宅の作業場からも同じようなマスクと、残りの部分の銅を発見した。さらに、「科学的な心霊主義」の本が発見されたが、魂(訳注:原文ではSpirits。チャールズ・ボーウェンによるこの事件の記事を訳した日本GAPの文章では、この部分について「付随アルコール類」の訳をあてている)や激しい光、そしてマスクについての記述の部分に下線が引かれていた。ミゲルの妹に聴取が行われた。妹は、ミゲルが「秘密の使命」を行うと漏らしていたことを明かした。


 同じく、マヌエル・ペレイラ・デ・クルスの妻にも聴取が行われた。彼女の証言は、二人の被害者が、知られざる目的を持つオカルト集団―“心霊主義者”のグループの一員であることを裏付けるものであった。そのグループは他の天体との接触を企てているという噂がささやかれていた。エルシオ・コレア・ダ・シルバという民間パイロットもそのグループのメンバーだった。


 エルシオは、アタフォナの海岸や、カンポスのマヌエルの家の庭などで、被害者らと“実験”を行ったことがあると警察に話した。エルシオと、ヴァルディという別の男は、その“実験”で巨大な爆発を目撃したという。それはニテロイでの悲劇の二か月前、1966年6月13日のことだった。空中の光り輝く物体が爆発し、目もくらむような閃光が起こった。地元の釣り人は、空飛ぶ円盤が海に落下するのを目撃したと証言した。爆発はすさまじく、カンポスでもその音が聴こえた。だが、被害者の家族たちの証言は、この仮説をくじくものだった。アタフォナとカンポスで使われた装置はパイプと針金で出来た、手製の爆弾にしか過ぎなかったというのだ。


 警察は被害者の背後関係についてより深く掘り下げはじめた。被害者はともにサンパウロのフィリップ・エレクトロニクスやその他の会社が組織した団体に所属していた。彼らは複雑な機械を購入していたが、科学的な実験を行うような知識があるとは思われなかった。彼らがマカエ地区のグリセーリオ(訳注:サンパウロの北西にも同じ地名があるが別物、マカエ地区はリオ市内)にラジオの海賊放送局を持っているとの申し立てもあった。また、彼らが超常現象に興味を持っているという証言者もいた。マヌエルは死の数日前に、彼が“信者”であろうとなかろうと、“最終テスト”に参加することになっている、と言っていたという。


 マヌエルの妻は、エルシオと夫との間に喧嘩があったのを目撃していたと証言した。警察は捜査の進行具合を示さねばならないという重圧の下、手近なところで、8月27日付でエルシオを逮捕した。しかしエルシオが事件当日にカンポスを離れていないことがすぐ立証され、彼は釈放された。


 この事件で好奇心をそそられるもう一つの要素として、死体の隣にあったノートの中の書き込みがあげられる。そこにはこう書かれていた―


 午後4時30分、指定の場所にて落ち合うこと。


 午後6時30分、カプセルを摂取せよ。効果が出てきたら、銅のマスクにて顔の半分を保護すること。前もって取り決めてある信号を待て。


 二人の男たちは、UFOとの接触を期待していたのか? それとも、より想像力には欠けるが、これは心霊主義者たちの失敗した実験の一部だったのか?


 さらにいっそう、事態を紛糾させる情報がもたらされた。ラウリーノ・デ・マトスという民間のガードマンから、「被害者たちが、はっきりとは見えなかったがほかの二人の男と連れ立って、ジープから降りて徒歩で丘を登っていくところを見た」との報告があったのだ。しかし、事態は行き詰ってしまう。
8月23日に、警察は、再び遺体を掘り起こして、検死するように依頼した。この異例なできごとは新聞によって世界中に報道されたが、三度目の分析も何も進展も生み出さなかった。


 二年後、再び事件についての話が出てきた。ブラジルのメディアが、警察は現在、外国人らしいブロンドの男を追っている、と報じた。この男は、ジープの後部座席に乗り、モロ・ド・ヴィンテム丘の近くでミゲルやマヌエルと話しているところを目撃されていた。また、サンパウロ原子力エネルギー研究所の放射化学の専門家が被害者の毛髪の中性子放射化分析を行ったという話もあった。四つの要素――ヒ素、水銀、バリウムタリウム――について測定が行われ、通常の値が検出された。


これに伴い、殺人事件の担当であるロメン・ジョゼ・ヴィエイラ警部は調査を終了し、法務局に書類送検した。銅のマスク事件の捜査第二段階("詳細な分析”期)はこれで終了した。第一段階の普通の捜査が失敗に終わったのと同様、第二段階の捜査も真相の究明に失敗したのである。


(次回に続く)



△参考画像:死体回収時の現場写真



△参考画像:現場で発見された「青銅のマスク」