「Wonders in the Sky」読書メモ2

イントロダクション(続き)


・「確固とした現象」


 古代の目撃事例と現代の報告の間に見出せる相似は、例外というよりは規則である。
 我々はこの本の中で、古代から1879年(産業革命が人類の社会のあり方を大きく変えた年)までの目撃報告から選抜した、500件の報告を紹介する。


 今回の我々の研究の題材を1879年以前の事例に限定するのは、飛行機や飛行船、ロケットや、しばしば言及されるような軍の試作兵器などといった近代的な飛行物体のイメージが出現する以前の時代の分析を行うためである。我々のこの区切りの、最後の辺りには既に幾つかの気球が空を飛んでいたが、飛行船が実用段階に入ったのは1884年8月9日、フランスのルナールとクレブスによる初の電動飛行成功以降であり、蒸気エンジンを装備した史上初の飛行機が空を飛ぶには、1897年10月14日にフランスのサトリでクレマン・アデールが実験を行うまで待たねばならなかった。


 我々の研究の対象期間の終わりには、技術的な業績よりもさらに重大なこととして、社会構造の変化が起こり始めていた。1879年には世界初の電話交換局がロンドンに設立され、1881年にはジーメンスがベルリンにおいて世界初の電車路線を開業した。翌年にはエジソンとスワンによる電球の実用化、カーネギーによる鉄鋼炉の発明、そしてニューヨークの街路に初めて電気照明が点いている。この年以降の未確認飛行物体の研究は、技術の発展により世界と人間の生活が大きく変容したことを認識しなければならない。


 我々は本書で、未確認飛行物体が大衆文化だけでなく、我々の歴史や宗教にも、そして世界規模での人間性の形成―文学や科学、我々の歴史的記録を石や粘土、羊皮紙や紙、そして電子メディアといったものに保存するというような行為―にも重大なインパクトを与えてきたことを考察する。 


 なぜ科学はこのことに注意を払ってこなかったのか?この現象の確固とした本質を示し、世間の多大なる関心を引き出せば、歴史家、人類学者、社会学者、そして自然科学者たちからなる学際的なチームをこの問題の研究へとかりたてることができるとあなたは思うだろう。


 この答えは以下の二点にある―アカデミックな知の傲慢さと、実際のところ、我々の最良にして最も賢明な科学者たちが今まで決して目撃報告の信頼性とその広がりについて知ろうとしてこなかったこと。高名な宇宙物理学者スティーブン・ホーキングは最近の(2008年4月)インタビューで、空飛ぶ円盤についての話を一切信じていないときっぱりと述べている。以下、正確に彼の発言を引用する:「私はUFOについての報告を無視している。なぜUFOは奇人と変人(cranks and weirdos)の前にしか出現しないのか?」


 ホーキングはこの後、我々人類は半径200光年内で唯一技術的に発展した生命種であり、したがって惑星間旅行者の範囲外であると述べている。

 同時代の最も賢明な科学者の一人がこのような不幸にして情報不足な物言いをすることが、アカデミックな研究者の一般的な視点を反映していると言える。1969年にさかのぼれば、、物理学者エドワード・コンドン博士に率いられた通称「コンドン委員会」は、委員会が調査した未確認飛行物体の報告の全体の3分の一は調査後も「未確認」であったにもかかわらず、「未確認飛行物体の研究から科学が得るものは皆無」と結論付け、米国科学学会(U.S.Acsdemy of Sciences)はその報告書に承認の印を押してしまったのだ!はっきり言っておくが、我々が論じているのは、合理的な科学の話ではなく、信仰(a belief system)についてである。

 スティーブン・ホーキングの物言いに二つの明白な問題点がある。ひとつは、我々が本書でこれから提示する500件の事例の報告者は、人類社会のほぼ全階層にまたがり、中には多数の天文学者や自然科学者、軍の司令官、さらには皇帝さえ含まれているということだ。ホーキングが軽率に決め付けた「奇人と変人」など、どこにいるというのか。第二に、目撃者たちには不可知の背景があろうとも、説明のつかない現象は存在し続け、我々の信仰を形成する途方も無く重要な役割を果たしており、我々に歴史と科学の役割を認識させる手段となっていることである。

 438年に起きた以下の事例から、考察を行ってみよう。コンスタンティノープル地震により崩壊し、飢餓と疫病が広がり、洪水が城壁と57の塔を破壊した。人々は、次はもっと悪いことが起きると恐怖した。歴史家のニケフォロス(Nicephorus)は以下のように記録している。
ビザンチウムの住人たちは恐怖心から都市を放棄し、地方へと逃げのびた。「彼らは破壊のために都市を見捨てたことについて許しを請う祈りを捧げていた。実際のところ、迫り来る地殻変動のため、彼らはこれ以上ないほどの危機に瀕していたのだが、その時、ほとんど信じられないような、驚嘆に満ちた奇跡が起こった」。

 民衆の中から、一人の子どもが突如として、強大な力により空中へと浮かび上がり、人々の眼から見えなくなった。後に、上空へと浮かび上がったのと同じように降下してきた子どもが周囲(Patriarch Proclusや皇帝、そして集まった人々)に語ったところによると、彼は天使たちが主を讃える聖なる賛美歌を歌う集まりに参加してきたということだった。

 天使か、それともエイリアンか?多数ある現代のアブダクション事例の報告によると、一般の人々が奇妙な力によりリアリティを劇的に変容させられ、異なる認識の世界―時には、まさしくエイリアンの世界との―接触を語りだすことがある。

 コンスタンティノープルの司教Acatiusは「この都市の住人全てが、その眼でその光景を目撃した」と述べている。またBaroniusはこの報告について、以下のような言葉を付け加えている。
「このような偉大な出来事はまさに、もっともはるか後世にまで伝える価値があり、教会の歴史記録への毎年の記載を通して人々の記憶に永遠に記憶されるべきである。(以下略)」

 それから幾世紀もの後、あまたの驚くべき出来事が取って代わり、記録者たちはそれらを「もっともはるか後世にまで伝えるべきこと」と記録してきた。

 我々がその「はるか後世」である。

 彼らが我々に向けて書き残したデータにアクセスすることは、我々の義務である。データの権威と正確性は、我々の歴史の概念と、世界の見方次第にかかっている。