伝道の古書に捧げる薔薇

ガラスケースの中に絶版もののゼラズニイやらディレイニーの本が鎮座し、8千円とか1万円とかの高値がついている古書店神田神保町にあるという噂は前から知っていた。
金に糸目をつけなければそこで『エンパイア・スター』や『プリズマティカ』が買える…
オデはなけなしのボーナスを握り締めると、血走った眼つきで年の瀬の神保町某所へと向かった。


『プリズマティカ』の中に『エンパイア・スター』は収録されているが、サンリオ文庫の単品『エンパイア・スター』と『プリズマティカ』収録版は訳者が違う。
人によってどちららの訳がよいかは評価の分かれるところだが…
問題は、某書店では早川のハードカヴァー『プリズマティカ』は1万円、原書だと150ページきっかりのサンリオ文庫『エンパイア・スター』は8千円の値がついているらしいということだ。
別々の内容ならともかく訳者が違うだけのものに計1万8千円払ってしまっていいのか。
今なら間に合う、このまま引き返してそのまま秋葉原にでも行ってグラボを新調した方がいいんじゃないのか。
いや。
いや、待て。
お前は、誓ったのではなかったか。
SF者として生き、SF者として死に、そしてSF者として甦ると。
ならば。
ならば、SFに殉じて絶版古書に大枚をはたくのも、アリなのではないか。
ああ。
馬鹿だ。
どうしようもない、馬鹿なのだ。
買いたい。
買いたくて、たまらねぇ。
俺の目が。
俺の膝が。
俺の拳が。
俺の脚が。
俺の体が、そう、声にならぬ叫びを上げていた。
ディレイニーを買いたいと。
ゼラズニイを買いたいと。
マイクル・コニイを買いたいと。
そして俺は、某書店があるというビルを駆け登って行ったのだった。
(以下次回)